噴火湾の名づけ親 もうひとつの顔 W.R.ブロートンを追って…
ブロートンは軍をやめた後、イタリアのフィレンツェで療養(りょうよう)生活を送(おく)りました。 しかし1821年3月12日、狭心症(しょうしんしょう)の発作(ほっさ)で帰らぬ人に。 59才でした。亡骸(なきがら)はフィレンツェの西にある港町(みなとまち)リボルノに埋葬(まいそう)されました。